「(心構え)運を掴む」

難関資格ともなると、
合格するための最後のピースは「運」だとさえ言われます。

近年、急激に難化した社会保険労務士試験(平成28年:4.4%、平成27年:2.6%)などが、もしかしたら、これに該当するのかもしれません。

「最後は神頼みかよ」と言われるとそれまでなのですが、
今回は、あえて「運を掴む」ということを考えてみたいと思います。
(注:変な宗教等への勧誘ではないので、ご安心下さい。)

受験生の中で実力は同じでも、
「運を掴んだ方」と「掴めなかった方」というのは存在するような気がします。

例えば、

「たまたま、直前に確認した範囲が出題された」
「今まで模試等でも取ったことがない点数が本番で取れた」
「まったく知らない論点(初見の問題)だったものの、なんとか正解にこぎつけた」

といった具合です。
実際、私もこういった経験が何度かあります。

では、「運を掴む」ためにどうするべきか。

私は、「日頃の行いが大事だ」と思っています。
だからと言って、「一日一善、良いことをしなさい」などと言うつもりはありません。

「ただ、人として当たり前のことを当たり前にやり続けることが大事」
だと思っています。

例えば、

「社会人として常識ある行動(ex.歩きタバコはしない、優先席はお年寄りや妊婦さんに譲る)」
「交通マナーは守る(ex.安全運転、信号を守る、歩きスマホはしない)」
「時間・約束を守る(ex.待ち合わせに遅れない)」
「他人に対する気遣い・思いやりを忘れない」

と言ったことです。何も難しいことはありませんよね?

では、具体的に運を掴むとはどういうことかを、少し実体験と(無理やり?)関連付けてイメージしてみたいと思います。

私は、難関資格を目指す際、資格スクールを利用させて頂くのですが、
自習室で勉強している受講生を見ると、「呆れる」と同時に「悲しくなる」光景をまま目にすることがあります

それは、3人掛けの机にも関わらず、
堂々と我がもの顔で、真ん中の席に座り、机一面にテキスト、問題集を置いて1人で占領している方を見た時です
中には社会人と思しき、「大の大人」がそんな状態だから、本当に呆れるしかありません。
しかも、「座席の2人掛けにご協力下さい」と黒板に注意書きが書いてあるにも関わらず…。

3人掛けだから、3人で座れとまでは言いませんが、
少なくとも、注意書きの通り、もう1人使えるように(2人掛け)、半分だけの使用に留める心遣いが出来ないものかと思います。
ましてや、模試や講義が多くて、利用できる自習室が少ない日などは尚更です。
資格スクールの職員に言われて、席を退いているようでは、人としてダメだと思います。

そもそも、資格スクールの自習室とは言え、ある種公共の場なのだから、常識ある行動を取るべきだと思います。
資格スクールの受講生であれば、自習室を利用する権利は誰しも平等なはずです。決して早い者勝ちではありません

こういう方は、自分自身では気づいていないのかもしれませんが、
バスや電車で堂々と座席を独り占めして座っている迷惑なお客さんと同じことを平気でしているわけです

もちろん、こういう方が試験に必ず落ちると言っているのではありません。
こういう方でも、合格する人は合格するでしょう。

ただし、こういう方が、万が一、合格点ギリギリの争い(例えば、救済措置が入るか入らないか)や、ある1問を正解するかしないかで、合否が左右しかねない時などに、「合格という運を掴むことは出来ないのではないか」と思ってしまいます。

例えば、最初は選択肢の「4」を選んでいたけど、後になって答えを「3」に変えてしまったような場合を想像してみて下さい。

「運を掴む方」であれば、書き換えた後の「3」が正解だったとなりそうなものですが、「そうではない方」は、書き換える前の「4」が正解で、書き換えたことで間違えてしまう、というようなことです。

「因果応報」とはよく言いますが、つまりはそういうことです。

もちろん、「そんなことはない」という意見も多数あると思います。

しかし、私は、万が一、意図せずして運任せの状況に陥った時に、「その運をしっかりと掴める」ように、日頃から勉強だけでなく、日々の行動や立ち振る舞いにも気をつけておくことは大切なことではないかと考えています。

この投稿内容(若干の愚痴も入っていますが…)を、どう判断するかはみなさんにお任せしますが、何処かの誰かにとって、日々の自分の行動や立ち振る舞いを省みる機会となれば幸甚です

(初版:2017年2月27日、改訂:2018年1月25日)

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